鬼束ちひろのシャンデリアが好きで疲れている時にはよく聞いてしまう
場末から帰る時も
辛いことは押しては返す波のようにやってくることを教えてくれる気がして好きだ
占いを仕事にしていると人に言えない事ばかり
昔から人から秘密を打ち明けられることが多い
教会のなんて日本では馴染まないし、寺の生臭坊主に相談する人もいない
一般的にはカウンセラーに話すのだろうけれど、人に言えないことは私のような世間の淀みで生きる人間のところで吐き出される
生きるのが楽しいと嘯く人たちはそう強弁しなければ生きていけないのかもしれない
辛いと嘆く人たちは溢れる自己愛に溺れているだけなのかもしれない
人はどこまでも、いつまでも虚構の中に生きていて
真実がどのようなものであるかに関心がないらしい
事実をどのように飾り立てるのか、それが生きるということなのだろう
それが滑稽だとも思うし、そんな世界にしか私の居場所がないことは虚しい
届かないとわかっていて望むのも
及ばないと知りながら目指すのも
私はもう疲れてしまった
幻想の中で踠くのは
髪型を変えても、戸籍を変えても、居場所を変えても
私は今も人の秘密に溺れないように足掻くだけ
平気な振りをして余裕のなさをひた隠して
耐えられないのは俺だと、叫びたくなるのを堪えて
寒くなると古傷が痛む
愛されるはずの相手から付けられたら傷は体の内側から私の体を裂いていく
一縷の希望もこの痛みが持つことを許さない
根無し草は造花にしかなれない
生きて呼吸をすることが許されない
枯れることを羨むのは
咲いていた時があるとわかるからで
どれほど洗練されているように見せても
造花に美はない
生きているものしか美しくなんてない