28歳の頃だったと思う
私は1ヶ月ほど寝たきりになるほどの神経痛に襲われた
埃が舞う、体が芯から冷えていく部屋の中でこのままでは生きていけないと真剣に思っていた
幸い仕事は物書き
寝たままで文章が書けるように机とモニターを動かした
立ち上がるたびに、物を持つたびに比喩ではなく本当に視界が点滅するほどの痛みがあった
這いずりながら移動し、寝たまま食事を取り、風呂場に横たわりながら歯を磨く毎日
体重が落ちたと感じたのは壁にもたれて歩けるようになってから
服がことごとく緩くなっていた
精神だけではなく体までカタワなのかと痛感したのを覚えている
これまで磨り減り続けてきた前を向こうとする意志が完全に灰塵になってしまった
あの永遠にも思えた苦悶の1ヶ月は私を変えてしまったように今でも思う
まだ障がい者特有の、ぎこちなく体を庇う動きしか取れない時期ではあったけれど杖があれば散歩ができそうだった
1ヶ月ぶりに吸う外気は皮膚から全身へと染み込むように感じられた
心身が限界まで疲労した日々によく歩いていた川沿いの道を目指して、ぎこちなく足を前に出す
転んだら立ち上がれる自信がなく僅かな段差や障害物も見逃すまいとする必死さと、この若さで杖を突いて歩く情けなさと相まって私は爪先しか見れなかった
少しずつ近付く水の音
まとまった水が流れる音がしていた
1ヶ月ぶりに訪れた川は、1ヶ月前よりも水量が増え雨量が増えていたことを知らせているようだった
これはその時に収めたもの
水面を微かに染める橙色を見付け、私は爪先から視線を外して空を見上げた
落日が空を燃やしている
滲んだ涙の理由は、今でも分からない
私はもう明日をも生きれるのか分からないほど弱り果ててしまった
体の強さという唯一の拠り所まで失い、杖がなければ歩くことさえ叶わなくなってしまった
何だったのだろう、辛酸に満ちた人生に耐えた意味は
強くなれば痛みに耐えられると思った
賢くなれば苦難を切り抜けられると思った
努力の果てに、報われるものが何かあると信じていた
辿り着いたのは20代にして杖を求める壊れた体と、散り散りに引き裂かれ原型を失った精神
あんまりじゃないか
この有り様は
この仕打ちは
燃える夕空は泣きたくなるほど美しく、逃げ場がないほど鮮明に私を照らしていた