この家で一番長く私と一緒にいたペットボトルが割れて使い物にならなくなった
私はベッドの脇に2リットルのペットボトルを置いている
中には水が入っていてすぐ飲めるようにしてある
不眠症の私にとってこの水は生命線
寝付けなかったり中途覚醒をした時にはできるだけ少ない動作で薬を飲みたい
動きが多いとそれで覚醒がより酷くなると
私が一番辛い時に、黙って傍にいたのはこのペットボトルだった
不眠に悩まされている時も、同棲中も離婚の話し合いも独り暮らしになった後もこのペットボトルが私の傍らにいた
丈夫な作りとはいえ、4年の歳月で劣化して底がわれてしまった
流れ出た水は私が失ったものを形にしているようにも思えた
この家で私が得ようとしたものは時間の経過と共にひび割れ、最後には中身が流れ落ちて干からびてしまった
惨憺たる有り様だと、割れたペットボトルを眺めて感じたけれどこれも一つの区切りを示しているのかもしれない
家族はもうない、伝統芸能も武道もやめる
新しい道に入っているのに踏ん切りの付かない私の背中を割れたペットボトルが押しているようにも思えた
引っ越しをしよう、すぐではなくても良いけれど
目の前にあるものを見詰めよう
愛しかったものの残骸を眺めるのは、もうやめよう
今を、生きよう
あのペットボトルは捨てずにずっと持っていよう