私はあの日、一度死んだのだと思う
夕陽に晒された雲が絵画のようだと思った10歳のあの時に
すぐに絵画が雲のようであり、雲が絵画のように在るわけではないと気付いて「そんなものか」と世の中の歪みをわかった気になって
あの日、私の精神を支える背骨が砕けた
それまで見えていた明るさは私の網膜に突き刺さるようになり、暗い時間帯が好きになった
自虐的に生きながら自分を憐れむ毎日が始まる
世界はみんな僕の敵
何かを恨んだり憎んだりしながら心の手触りを確かめる
大切に守り抜こうとした「心」だと思っていたものは私の体温ですぐ溶け落ちた
喪失と呼ぶには大袈裟で蒸発に近い呆気なさ
それからもしばらく暴力の世界に身を置いた
今度は私が支配する側だった
怯える人の目、機嫌を窺おうとする下卑た口角の上がり方、猫撫で声
その全てが私にヤスリを掛けるような苛立ちを与えていく
世界はみんな僕の敵
そんな毎日で燃え盛る怒りは遂に標的を私へと変えた
私の血も汗も何もかもを干上がらせる怒り
東洋医学で「肝火」と呼ぶと知った時、妙に合点して笑ってしまった
怒りは本当に体を干上がらせる
干上がり、もう何もできないと悟った時、二度目の死がやってきた
致死量の10倍を飲み込んだのに私はなぜか呼吸を続け、手足が拘束されたまま寝かされていた
五月晴れで空は突き抜ける青を佇ませ、風に揺れる木々の葉音がこれからやってくる夏を喜んで迎えようとしているように感じた
世界はどこまでも明るく生命力に満ち満ちて、死に損ないの私を嘲っている
灼熱の憤怒も、決壊したかのような自己憐憫も胃洗浄でコントミンと一緒に流れてしまった
残されたのは若々しい体と老いた精神
一切はただ静かに、緩やかに過ぎていく
怒りも憐れみも波紋の端にも満たない動きを見せるだけ
心の表皮を撫でるだけ
乾いていたはずの精神は揮発し、求めていたはずの承認は無用になった
生の手触りは一向に私の下にはやってこない