また朝帰り。
大仕事が終わったし、今日くらいは良いかなと思う。
いつもなら京王線に乗って自宅に帰るまで鬼束ちひろを聞いているのだけれど、新しく買ったイヤホンの扱いが間違えているようですぐ充電が切れてしまう。
行き付けのバーで、初めて会う不思議ちゃんとバーテンとで話をしていた。
すると、二人の男女が入ってきた。
一見すると裕福な初老が高級なクラブのキャストを連れてきたように見えた。
雰囲気だけで済む世界が違う2人だとはっきり分かった。
だから、私はなんとなく愛想笑いをしてチェックしようかと悩んでいた。
きっかけは忘れたけれど、なぜか意気投合して気が付くと大真面目な話に。
綺麗な人。
鼻が触れそうな距離。
大真面目に話していて相手に距離を詰められると近さより話に集中してしまって良くない。
相手が真面目な人で良かったけれど、相手が違えばおかしな展開になっても自然だったかも。
気を付けなければいけない。
こういう愚かな隙はない方が良い。
私がとぼけた中性的な顔をしているせいなのか、それとも変声期がなく声が高いからなのか、お酒が入ると侮られることが多い。
しかし、今日あった世界が違う二人は決して私を子供扱いせず、なんと言うか負けたと思った。
きっと私は擬態が上手い部類であり、初対面でしかも酒が入った人間にナメられない事はほとんどない。
それなのに相手はしっかり私に距離を取り、適切な対応をして来た。
私は明らかに心理戦で負けた。
見破られたとまでは言わないけれど、私の擬態が通用しない相手に会う機会などほとんどなかったのに。
素面な相手に対してさえも、私の癖の強さを隠し通せるのに。
酒の入った相手に通用しないということは、相手が素面では相手にすらならないということ。
私のプライドは間違いなく一部かもしれないが砕けた。
砕こうとする相手ではなく、ただ私に優しく接してきた相手に砕かれた。
だから、悔しくもない。
ここまで力の差を見せ付けられると反骨心すら湧かない。
ただ手合い違いだったと、そう思うだけ。
台風相手に腹を立てる人間がいないように、大きすぎる対象には何も感じないのだ。
私は自分自身がそれなりに人の心理を読み、心理戦では大抵勝てると思い込んできた。
経歴も実力も知識も、そう簡単に負けるはずがないものを持っていると。
それなのに。
私は努力や経歴の上に胡座をかいていたのだ。
能力は常に磨き続けなければならないものだと、最前線に立っている人間がもっとも強いのだと忘れていた。
そんな自分の愚かさが怨めしい。
今日は知らぬ間に伸びた私の鼻を叩き折ってくれた2人に感謝するしかない。