私の目に見えるもの

愛煙家のブログ

いくたびか筆をとれども……

いくたびか筆をとれども、胸塞がり涙さきだちて綴るにたえず、むなしく年を過ごして齢既に八十路を越えたり。

 

 

こんな文章から始まる八十歳を超えた翁の日記を読んだ。

 

この翁は陸軍大将という日本軍の頂点に立った会津藩の生き残りで、世界中から拍手喝采を受けた偉人だった。

 

戦争という非日常に身を置き、質実剛健な人物が老年になっても涙が先立ち、この日記を書くまで語る事すら出来なかった話は、私が想像しているより遥かに凄絶なものだった。

 

会津藩滅亡から維新後の狂乱と薩長の腐敗を目の当たりにしながらも、それでも軍人として凛として生きた人だからこそ、ここまで人の胸を打つのだろうと思う。

 

幕末というと遠く昔の話のように感じるけれど、案外遡ってみるとそれほど昔ではないようにも思える。

 

私たちの生活は明らかに幕末の名残を残しているし、江戸や鎌倉、平安の匂いすら漂っているのだ。

 

たとえば私が長年続けている伝統芸能はちょうど幕末から始まったものだし、空手なんていつ伝わったのかすら定かではないほど昔から日本文化の中に組み込まれている。

 

私の部屋に飾ってある面は室町時代からあるもので、使っている薬膳の知識は優に2000年の歴史を越えている。

 

そんなものと同じ空間にパソコンが置かれキーボードがカチャカチャと音を立て、モニターが光っている。

 

日本というのは本当に不思議なところで、こうしたものが特に衝突をするのではなく溶けあっているような雰囲気がある。

 

しかし、その穏やかで丸みのある混淆が起きる前にはそのどれもが刺々しく切り立った角を持ち、何かに衝突するたびに何かが壊れ、血を流し、その結果として角が削られていったのだろう。

 

こうした角を持つものとぶつかり、血を流した人間の一人が八十路の翁であり、過渡期が人をどれほど痛めつけ、傷付けるのかを教えてくれたような気がしている。

 

私にとって過渡期を乗り越え、艱難辛苦を味わった翁の話は他人事ではないのだ。

 

なぜなら、今の時代はまさに過渡期であり、今まさに世界が混流の中にある。

 

池を底から搔き乱したかのように、本来沈殿しているはずのものが浮上し、本来上澄みとなるはずの美しいものが汚濁に塗れている。

 

たとえば人は何の為に生きているのだろう? という事。

 

生まれ、命を保ち、死ぬ。

 

その不文律の中で知性を持つ人間として生きるというのはどういう事なのか。

 

八十路になっても涙を禁じ得ない痛みを抱えながら、それでも生きるというのは何の意味があっての事なのか。

 

この為なら死んでも構わない、という自分以上の何かの価値を見付ける事で、おそらく人は生きる事が出来るのだと思う。

 

例えば愛する人でも良いだろうし、家を守るという事でも良い。

 

何でも良いのだ、自分より価値のあるもののために、自己をどれほど犠牲にしても良いと思えるならば。

 

おそらく、自分を最上の価値にした生き方はグロテスクで唯物的で、周りの人間から見ればそんな人物は視界に入るだけ目障りな存在に違いない。

 

そんな風に生きたいと誰もが思っているのかもしれないけれど、人は死ぬ。

 

いつか必ず死ぬのに後生大事に己を保護としている様は、燃え盛る炎に対して手で水を汲み掛けて消そうとしているような虚しさがある。

 

そんな事をしても無駄だよ、と誰もが思っているのだろう。

 

こんな偉そうな事を書いている割に、私は結構自分を大切にしている。

 

毎日運動をしているしストレッチも欠かさない。

 

夕食には毎回とろろ昆布のお吸い物を作り、自家製ヨーグルトを食べ、寝る前には薬膳茶を必ず飲む。

 

一見すると私は確かに普通以上に己を大切にしているのだけれど、本当の意味はそうではないのだ。

 

私は私の感覚が鈍ってしまうと、本当に呼吸すら辛くなってしまう。

 

不眠症が続くこの体では、普通の人以上に死が傍にある。

 

コンビニへ行くような軽さで、私は生死の境を飛び越えてしまうかもしれないのだ。

 

それで何がいけないんだ、という気もするが、私にはまだいくらかやる事が残っている。

 

ある程度の金を残したいし、死ぬなら死ぬで憂いは消しておきたい。

 

私は自分の感覚がしっかりと機能している状態であれば、人生がそれほど嫌なものに思えない。

 

逆に言えば私は己の感性だけを命綱にしている。

 

命綱なのだから私にとって感性は何よりも大切で、だからこそ体を労わらなければならない。

 

この為だったら死ねると思えるものの為に死ねるタイミングが来た時、私が迷わず死ぬためにも感性は不可欠なのだ。

 

つまり、死ぬ時に死ぬ為に私は自分を大切にしているという矛盾がここに浮かび上がってくる。

 

ここからまた一万文字くらい話を続けたいのだけれど、ジョギングの時間が来たのでやめにしておく。

狂人とは……

本日は批評なるものをしてみようかと思います。

対象はこちらの記事。

 

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190626-00288272-toyo-bus_all&p=3

 

日本人はなぜ「論理思考が壊滅的に苦手」なのか、という記事です。

記事の中に気になる文章がありました。

 

 

「日本の経営がすばらしいのなら、なぜアメリカ、ヨーロッパ、日本という3つの先進地域の中で、日本の成長率がいちばん低いのか」「なぜ日本人は年間2000時間も働いているのに、1%しか成長しないのか」「なぜヨーロッパは1500時間以下の短い労働時間で2%成長しているのか」

 まともな答えが返ってきたことは一度もありません。

 

 

という事らしいので、まともな答えを頑張って書いてみようかなと思い立った次第です。

 

 

端的に言えば、日本だけがデフレだからです、終わり。

デフレと言うのは総需要が減る事によって、供給力が高くてもモノやサービスが十分に買われない状態。

金>モノ、サービス の関係になってしまう状態の事です。

日本のようにGDPに占める内需の割合が大きな国では、国内でどれだけモノやサービスが買われるのかが景気を大きく左右します。

 

 

デフレと言うのはモノやサービスよりもお金の方が大切な状態なのですから、国内での消費が冷え込む事になり、結果として経済の成長率も低迷します。

特に日本は内需主導型経済なので、日本国民の購買意欲の低下は経済の低迷に直結します。

労働時間が云々なんてあまり関係がないんですよね、むしろ日本は頑張っていますよ。

デフレ下でもなるべく失業者を出さないようにと経営者たちが努力を重ねています。

97年からデフレが続いて、たまに浮上したかと思っても再デフレ化。

こんな地獄みたいな状況の中で、日本が欧米と同じように成長出来るはずがありません。

 

 

この問いの答えは、日本のマネジメントがなっていないということ以外にはないのですが、それを的確に答えられる人が実に少ない。

 

 

デフレだから経済成長率が悪いのであって、マネジメントが問題ではありません。

政府の経済政策が間違っていたことの証明が今の不景気です。

 

 

日本人は論理的思考が壊滅的に苦手だと論理的思考が壊滅的に失われた論法を使って説明をしてくださるというのは、きっと「お前なら気付けるはずだ」と著者からエールを送られているからに違いありません。

そう思うと記事に向かって拝みたくなるのは私だけではないはず。

ありがとうございます。

以上、まともな答えになっている事を願い、拙い批評を終わりにします。

 

 

記事中に出て来る外国人の方はものすごい経歴の持ち主で、wikipediaを見ただけで仰天してしまいました。

その方のご解説によれば大学はロジカルシンキングを学ぶための場なのだそうです。

 

サイエンス、経済、法律、文学などは、もちろんそれ自体大切ではあるものの、基本的にはロジカルシンキングを学ぶための「材料」です。

 

との事なのですが、いつから学問が論理的思考の為だけのものに成り下がったのでしょうか。

論理的思考は大変重要です、これは間違いがありません。

これがなければ「日本が欧米と比較して労働時間が長いのに成長していないのは経営者のマネジメントに問題があるからだ!」なんて言い出す人が出てきてしまう危険性がありますからね。

そうならない為にも論理的思考が必要なのですが、その為だけに大学があるというのは学問の可能性を狭めます。

 

 

文学の世界に一体どんな論理性があるというんでしょうかね?

分かります、脚本を分解してみたり、一見すると論理的っぽく解釈できる事は。

しかし、文学を含む芸術の役割というのは感動に尽きるわけです。

私は幼い頃から芸能に携わっていますから、それを本当によく実感しています。

もちろん、その中で論理的に考えなければならない場面もあります、なぜこの芸は人を感動させるのか? を見出すのが芸事に携わる人間の役目でもありますから。

しかし、それは芸事に携わる人間に必要なものであって、基本的に芸術は味わえばそれで良いんです。

賢しらに理性で解釈しようなんてした瞬間に、芸術は間違いなく色褪せていきます。

だって、芸術ってそこに没入して味わうものだから。

理性だけ働かせようとして、他の感覚が鈍ったら本当の味なんて分かったものではありません。

からあげを目に入れて「美味しい」と言ってるようなものですよ、それは。

 

 

論理的思考は大切ですが絶対的な価値を持っているものではありません。

人間に備わっている感性を無視してしまえば、そこに残るのはチェスタトンのあの名言。

 

狂人のことを理性を失った人というのは誤解を招く。狂人とは理性を失った人ではない。狂人とは理性以外のあらゆる物を失った人である

 

とまあ、こうなるわけですね。

理性も大切、感性も大切、何事もバランスが大切。

 

今日の結論!
チェスタトンってやっぱりすごい!

やはり徒労に終わる

私は幼馴染にすら「お前が考えている事は分からない」と言われてしまう人間だ。

 

そもそも私は自分の話をする事が得意ではないし、自分について理解して欲しいとも思わない。

 

人それぞれの世界観の中で、好き勝手に人物評を作り上げ、都合よく「相手にとっての私」が練り上げられていくのだから、説明をする事自体が徒労だと思っているのだ。

 

好きなように思ってくれて良いというのが、私の正直な感想だ。

 

しかし、私が自分の考えについて口にしない事には他にも理由がある。

 

それは自分自身でも複雑であり、説明出来るように思えないのだ。

 

もちろん、気まぐれにその時々で言う事や考える事が異なるわけではない。

 

むしろ、恐ろしいほどに私の考えは変わらないので、複雑であっても説明をする気にさえなれば言葉に出来るかもしれない。

 

しかし、複雑であり説明する分量として膨大なので、それに付き合ってまで私の考えを理解したいと思う人がいないのではないか? という不安が、私の中にあるのだ。

 

さて、ここまで前置きした上で、今日は出来るかどうか分からないけれど、私の考えの根幹について言葉にしていこうと思う。

 

途中で挫折をする自分が容易に想像できるのだけれど、やってみない事には始まらない。

 

私について好きな考えを持ってもらって構わないと思いつつも、伝える努力を怠る癖を少し直したいところもある。

 

 

 

 

結論から言えば、私が最も重要だと考えているものはバランスだ。

 

なんだ、大したことないじゃないかと思われるかもしれないが、ここからが大変なのだ。

 

例えば勇気は美徳とされ、臆病は悪徳だ。

 

例えば乱暴は悪徳であり、慎ましさは美徳だ。

 

具体的な状況を想定しながら話を進めていくと、1人の男が別の男に対して気絶するほどの殴打を加えたとする。

 

これは乱暴であり、悪徳だ。

 

しかし、殴られた男が殺人を犯し逃げている途中であったとしたら。

 

この場合、殺人犯を取り押さえるために殴打を加えた人間は勇敢であり、これは美徳なのだ。

 

行動を見ていると同じ事をしているにもかかわらず、悪徳が美徳へ、美徳が悪徳へいくらでも変わり得る。

 

つまり、全ての価値を決定するのは「如何なる状況であるのか?」というこの一点なのだ。

 

良い人、悪い人などいないという話もここから生まれる。

 

良い人になれる状況が善人に与えられていたのであり、悪い人に成り下がる状況がその人に悪人に与えられていたと言える。

 

この話をすると良い人はいるし、悪い人も歴然としている、という話をされる事が多いのだが、その話が間違っているわけではない。

 

しかし、脱線が酷くなってしまうので今回は触れないでおきたい。

 

要は状況が人や物の価値を決定している重要な要素なのだ、という点を強調したいだけだ。

 

では、状況とは何か? と考えていくと、言葉になどできないものだと分かって来る。

 

なぜなら、状況は刻一刻と変化しており、具体的な状況というのはその場にしか現れない生き物のようなものなのだから。

 

状況が如何なるものかを判断するのは、その場にいる人間にしか出来ない。

 

状況が右に傾けばその場にいる人間がまっすぐ立とうとした時は左に重心が傾く。

 

さて、ここまで書くのに1時間経過しているという事で、私の頭はパンクしてしまったのでまたの機会に説明を続けられたら良いと思う。

人生と景色が重なる

昨日から恋人の友人2人が泊まりに来ていたので、料理をしたり洗い物をしたりとなかなか忙しかったように思う。

 

しかし、パパっと美味しいものを作って出せるようになったあたり、自分の成長を感じて嬉しい思いがした。

 

昨日泊まりに来た2人はちょくちょく我が家にやって来る。

 

とても良い人なので人見知りの私としても結構助かっているし、塩を入れ忘れたカルボナーラを食べても美味しいと言ってくれる優しい2人である。

 

私は恋人に対していつでも友人を家に招いて良いと言ってくる。

 

恋人の友人に対して何か氏らの執着があるという話ではなく、人をいつでも招ける家にしておきたいのだ。

 

私は問題のある家庭には家族以外の人が出入りし辛い事を知っている。

 

それは私の育った家もそうだったし、幼い頃に私の周りにいた友人の中にもそうした過程で育った人が多かった。

 

いつでも、誰かが来れる家というのは健全な証のように感じているからこそ、私はいつでも恋人の友人を招いて良いと言っているのだ。

 

そうして、私は健全な家に住んでいるのだと実感出来る。

 

恋人の友人を利用している形にならないようにするためにも、私は料理を作ってもてなしている。

 

そうでもしなければきっと罪悪感に負けてしまうだろう。

 

と言っても、私からおいでと言う事はなく、向こうから来たいと言った時に受け入れている形なので積極的に利用しているという話にはならないのだろうけれど。

 

 

 

 

今日の昼過ぎ、昨夜私が作っておいたサンドイッチをたいらげた恋人と、その友人たちが遊びへ出かけた。

 

何となく一仕事終えたような気持ちになった私は先月から始めている副業を進める事にした。

 

35歳までに年収1000万という目標を掲げているので、GWであっても完全に休みにならない。

 

しかし、血眼になって副業を進めるほど集中力はなかった。

 

15時過ぎに私は散歩をするために玄関を出て行った。

 

こんな明るい時間から表を歩く事は普段全くないので、いつもの風景にもかかわらず新鮮味が溢れている。

 

私は目が人よりも明るい茶色なので日光が後頭部まで突き刺さるように感じてしまう。

 

サングラスでも買おうかと思いながら、私は川を目指した。

 

いつもジョギングで使っている道は川沿いにある。

 

小高い作りになっており、川を見下ろすような形で延々と道が続いているのだ。

 

いつもは夕暮れからこの道に入り、刻一刻と濃紺に染まる空を眺めながら走っている。

 

しかし、今日は遠くまで見えた。

 

当然の事なのだけれど、日光に照らされている景色はどこまでも明瞭に、私の視界に移るものを浮かび上がらせていた。

 

GWの真っ只中という条件も手伝って、いつもならほとんど人がいない道なのに多くの人が走ったり、歩いたり、犬の散歩をしていたり、道の端に立ち止まり撮影をしている。

 

私は気分が良い時に散歩をすると、老人にも抜かされてしまうほど鈍重に歩く。

 

速度があまりにも遅いので筋力をとても使う歩き方なのだけれど、それでも私は鈍重に体を動かす。

 

自然と呼吸が深くなっていき、指先が空気に溶けていくような軽さに包まれるのが好きなのだ。

 

ゆっくりと動いていると、体の境界線と空気が混じっていくような、不思議な感覚がやってくる。

 

それが何とも言えない快感なのだ。

 

そして、いつも走っている道から離れ、私は川岸へ向かった。

 

日光を受けた川面は緩やかに光っている。

 

ここから200mほどしか離れていない場所を何度も走っているのに、初めて見る光景が眼前に広がっているのが不思議だった。

 

少し離れただけ、少し方向を変えただけなのに、私は全く見た事のない光景の中にいるのだ。

 

そんなものなのかもしれない、と私は何となく言いたくなった。

 

同窓会で同級生たちと「あの頃は若かった」だの「大人になった」と軽口を叩いていても、その実大して変わってなどいないのだ。

 

大人になったように思い込んでいるだけで、少し方向と距離を修正すればいつだって「あの頃」に戻れる。

 

体裁を整えるのが上手になっただけなのだろう。

 

そう思うと人が何となく愛おしい存在にも思える。

 

必死になって虚勢を張り、守る価値があるかどうかすらも疑わしい自尊心を守るためにあれやこれやと権謀術数を駆使するのだから。

 

幼い頃から現在に至るまで歩いた道のりは大した事がなく、昔と全く違うものを見ているようで角度を変えれば全く同じなのに。

 

 

 

 

 

そんな事を考えていると、外へ出て来たのに家にいるのと同じように考えているの馬鹿馬鹿しくなってしまい、慣れ親しんだジョギングコースへ戻って散歩を再開した。

 

いつもコウモリが飛び交っている空は突き抜けるような青さを佇ませ、初夏すら感じさせる日差しが少しだけ私の苛立ちを誘う。

 

空ばかり見て歩いていたのは、すれ違う人の多さを気にしない為でもあった。

 

私は人の顔をじっと見てしまう癖があり、すれ違う人に嫌そうに顔をしかめられる事がある。

 

だから、私は散歩の時は空を見ているし、普段は伏し目がちにして歩くようにしている。

 

なるべく人の顔が視界に入らないようにしたいのだけれど、やはり気が付くと見ているのだ。

 

気の強そうな人、怒りやすい目の人、背中の筋肉が弱い人、鬱なのか顔に生気がない人もいた。

 

ジョギングコースを遠くまで眺めてみると数えきれないほどの人がいる。

 

その1人1人がそれぞれの世界観の中で生きているのだと思うと、本当にこの世というのは不思議なものだと痛感した。

 

戻っているのか、向かっているのか。

 

同じ道を使っている人であっても目的や方向が異なればただ歩行しているだけなのに表現が異なる、受け止め方が正反対にすらなるのだ。

 

人と人が理解し合う事など土台不可能だと思い知らされたようにすら感じる。

 

それでも人は誰もが孤独感に耐えられない、誰かとどうにかして繫がりを持ちたいものなのだ。

 

だからこそ、私たちはあの手この手で人と繋がろうとする、お互いに異なる世界に生きている人間同士だと薄々自覚しながらも言葉によって相手との間隙を埋めようとする。

 

言葉というのは言の葉という意味だけれど、葉には病葉もある。

 

病に侵され、生気を失ったものも言葉に出来てしまう。

 

おそらく、一般的に考えれば陰口や人を傷付けるような言葉が病葉のような言の葉なのだろう。

 

心の表面すら撫でない、自分にとってただ遠くに感じられる言葉もそうなのかもしれない。

 

ふと視線を上げると、東京とは思えないほど自然に包まれている光景が視界に入った。

 

川を包み込むような山々が新緑に染まり、その上には白の強い水色の空が被さっている。

 

どれほど美しくても手の届かない新緑、空。

 

何気なしに私の人生とどこかが重なり合っているように思えた。

 

美しいものの数々がこの世にはあるけれど、私はそれを遠くから眺めているだけ。

 

手に入れようともせず、近付こうともしない。

 

けれど、美しいものをただ眺めている。

 

やはり、私は一人が好きなのだろう。

 

美しいものを求めて人は努力を重ね、大枚を叩くけれど私はそうせず、ただただ眺めているだけで良いのだ。

昨日の事

昨日は二月に大阪でした講演を、横浜でやって来た。

 

緊張をしていたのだけれど、それが周りにはそれほど伝わらなかったようで一安心しているところ。

 

遠くから来てくれた人もいて、本当にありがたい話だ。

 

しかし、講演というのは本当に厄介なもので、人前で話している時には私が好きな事を言える。

 

相当に配慮をしているつもりであっても、やはり講演が終わるとあれは違うと思う、お前の話にはあれが足りない、これが言い過ぎだ等々のご批判を頂戴しなければならない。

 

素直に言えば面倒なのだが、人前で話す事はそうしたリスクがあると自覚しなければならない。

 

無料だから適当でいいだろう、は通用しないのだ。

 

だからこそ、私は涼しい顔で批判を受けてただ聞き入れるような姿勢を取っていたけれど、どうやら昨日の相手は目的が批判ではなく中傷だったらしい。

 

最初は批判のような体裁を取っていたから私は大人しく聞いていたのだけれど、相手が黙って聞いてくれると分かると尊大になるのが人の常なのだろうか?

 

私は、私の口から出る言葉に対して責任を持ちたい。

 

話す内容については熟考を重ねたい。

 

誰かに言われたから変えました、というのは責任転嫁なのだ。

 

誰かに言われた事を私の口から出したのならば、それは私が責任を負うべきものになる。

 

だからこそ、批判などについては私の考えに即しているものであればそのまま受け入れるし、そうでないのなら私の目的を伝え、その指摘は受け入れるつもりはないと伝えなければならない。

 

本来、議論はそのようにして洗練されていくものなのだが、議論と口論の見分けが付かない人もいるのが悲しい。

 

私のイメージで議論というのは赤くなるほど熱を放っている鉄を何度も槌で打ち、鍛え上げていくものなのだ。

 

しかし、私に対して槌を振るおうとして来る相手もいる。

 

打つ場所を間違えているという私の言葉すら、相手には攻撃に受け取られてしまい、より熱狂的な反応を引き起こす。

 

不思議とそれでも機会が与えられるのであれば、また人前で話そうと思っている。

 

講演をした後、批判を加えようとする相手には共通点のようなものがある。

 

誤解を生まないように丁寧に話をしているつもりなのだけれど、そもそも話を聞いていないのだ。

 

大坂でも横浜でも喉まで上がって来たのは「その誤解をさせない為に〇〇という話をした」という言葉。

 

まずは受け入れる、聞き入れるというのが私の得意な方法なので、そうした言葉は伝えなかった。

 

話を聞かず、好きなように私の話を整形されて曲解されるのは、これまで掛けて来た労力を足蹴にされるようなものだ。

 

当然、私は怒髪冠を衝くわけなのだが、その相手が今日私に手紙を書いたから受け取って欲しいと言うのだ。

 

もちろん、私は受け取らないし、送りたいなら送っても良いが読まずに捨てると言うと連絡して来なくなった。

 

悪い事をしても後で謝れば何でも許してくれる相手だと思われるのは癪だし、私を勝手に聖人君子のように見ていた相手の落ち度だと思う。

 

 

 

 

 

批判は確かにあったのだけれど、それ以上に身に余る称賛も受けたので昨日は結果的にプラスが多かった一日だったように思う。

 

私が25年前からお世話になっている英語の先生が夫婦で来てくれたし、栃木から国境を越えて東京まで来てくれた人までいた。

 

また不思議なもので大坂のお坊さんと鎌倉にいる私の知り合いがFacebookで共通の友人を持っている事も分かった。

 

会場まで来たけれど持病が悪化してしまい帰宅した知り合いもいたので、そこは本当に残念だったと思う。

 

英語の先生には数年前から血の繋がっていない息子だと言ってもらえるようになり、相当に愛情を注がれている。

 

そんな人だから昨日は講演が終わった後に褒めちぎってくれた。

 

気恥ずかしい思いはするけれど、内心でこの人が母親だったのならば私の人生も陰鬱なものにならずに済んだかもしれない、と感じた。

 

講演を終えた後、栃木の友人から言われた事にハッとしたのだが、私はやはり自分の話を普段ほとんどしていないらしい。

 

らしい、というのは自覚を持っていないからだ。

 

私は幼馴染にすら「お前の事は分からない」と言われてしまうほど、自分の話をしていないらしいのだ。

 

私としては本能をむき出しにして生きているつもりなので、何も隠していない自覚を持っているのだが、どうやら周りから見ると秘密主義な人物に見えるらしい。

 

というのも、ボランティアをするようになってから、私は人の秘密をよく耳にする。

 

誰にも言われたくない事、誰にも知られたくない事。

 

そんなものが私の中には溢れるほどある。

 

そうした事をうっかり漏らさないように、とかなり神経を使っていた時期があった。

 

その結果、私は自分の話や考えている事を一切口にしなくなってしまったのだ。

 

承認欲求が横溢している世間で、その正反対へとひた走ったのだろう。

 

だからこそ、余計によく分からない人物に見えるのかもしれない。

 

しかし、今の自分は結構居心地が良かったりもするので、多分この先もこの調子で生きていくのだろう。

 

もっとたくさん文章を書きたいのだが、低気圧で頭痛が酷いので横になろう。

読書家なのに書評していない事実に気付いた

私は自分で文章を書くのが好きだ。

 

自分で文章を書く、と言うと「そんな事は当たり前じゃないか」と思われるかもしれないけれど、これは私にとって非常に重要な事。

 

自分の中から出てきた言葉を、自分のしたいような文脈で、自分の思いに即して書くのが「自分で文章を書く」という事なのだ。

 

だからこそ、世間のニュースを取り扱ったり、書評はあまりしてこなかった。

 

と言うのも、その場合はニュースあってこその文章、本ありきの言葉になるからだ。

 

つまり、自分の中から出て来たというものではなく、何かから刺激を受けた衝撃によって零れていく言葉であって、それは私の中から溢れたものではない。

 

私が文章を書く時、イメージとしてはコップに少しずつ水が溜まっていき、表面張力まで使って耐えてきた、抑えてきた思いが遂に最後の一滴でグラスの肌を撫でて零れていく。

 

そうなるともう文章書き終えるまで私の指が止まる事はない。

 

しかし、ニュースや本ありきの文章はそうではない。

 

まだグラスの半分も思いが溜まっていないのに、グラス自体を揺さぶって無理くり水を零しているような雰囲気がある。

 

なので、私はあまり書評などをしようとは思わなかったのだけれど、今はかなり関心を持っている。

 

読んだ本そのものが幹になり、そこから派生していく枝が私の感想のように思えたのだ。

 

本そのものには全く変化はないし、以前から私が思っていたようにやはり本ありきの文章には違いないけれど、枝ぶりは人それぞれであり、そこから出て来る感想には個性がありありと顕現している。

 

ちなみに私が諸表をしなかった理由は小説をそれほど読まないからでもある。

 

私が好んで読むものは文化論や哲学、心理学に関係するものであり、どう表現しても重量感がある。

 

仕事以外でそこまで本気になって文章を書く気にならないし、ただの説明や補足に堕落する気しかしなかったので書評などは控えようと思って来た。

 

私の人生は分水嶺に差し掛かっているのかもしれない。

 

私は今、とても小説を読みたい。

 

真実を見極めるとか、現実に即して有効な知恵を手に入れるとか、そうした事に時間や労力を使うのではなく、ただただ感動するためだけに時間と労力を使いたい。

 

さて、というわけで私の好きな小説を紹介してみたい。

 

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私が本気で小説家になりたいと思ったきっかけを作ったのは重松清の青い鳥。

 

彼の小説は短編集になっている事が多く、ご多分に漏れずこの本も短編集だ。

 

タイトルにもなっている「青い鳥」という話が私にとって衝撃的だった。

 

内容はいじめによって自殺未遂をした生徒が出たクラスの話。

 

大した事だと思っていなかった、アイツはずっと笑っていたのだから本気で嫌がっているはずがなかった。

 

都合良く解釈し続けた果てに、同級生が自殺未遂をしてしまった。

 

その重責をクラスの誰もが背負っている、まるでクラスの空気は重油に塗れているかのような汚臭と重量に包まれている。

 

この小説を読んでいる時、私の頭の中には柴田淳の「未成年」がずっと流れていた。

 

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中学生という半分死へ足を踏み入れている時期、見過ごすにはあまりにも重いクラスメイトの自殺未遂、繊細な時期に訪れた破壊的な重圧。

 

そこに現れた吃音の臨時教員、村内先生と生徒たちの話が掲載されている。

 

いじめとは何か? という問いに対する一つの答えがこの中に出て来た。

 

それと同時にいじめは決してなくならないだろう、という気分にもさせられてしまった。

 

人にはどうしようもない悪の部分があり、それを拭い去る事など決してできない。

 

生きる事は辛い。

 

この小説に出て来る中学生たちもそうなのだろうし、私個人を見てもやはりそうだ。

 

特に自殺願望が強いとか、病んでいるというわけではない。

 

ただ、生きる事は辛いのだ。

 

あらゆる重圧の中、必死になって生きる道を探し安住するところが見付かればすぐに寿命がやって来る。

 

今の苦労は10年後に覚えてさえいないかもしれない。

 

そして、振り返り人生の軌跡を眺めた時、私は生まれた良かったと言えるのだろうか?

 

やはりと言うべきか、私は過剰な感受性を持っているらしい。

 

多少、人より記憶力も良く生まれてしまったせいで、私には忘却から来る救いをそれほど感じられない。

 

忘れるから生きていけるのだ、人は。

 

傷付いた記憶も、嬉しい事も、全てをニュートラルへと戻せるからこそ人は「恐ろしいほどの逞しさ」を手に入れる事が出来る。

 

それを愚かだと言った哲学者もいるけれど、忘れるというのは生きる術でもある。

 

自己の持つ醜さを、繰り返した過ちを、反吐が出る打算を忘れるから、私たちは何十年という年月「自分」に耐えられる。

 

1秒として離れる事の出来ない「自分」を許し、慈しむ事が出来る。

 

全てとは言わないけれど、私は記憶の匂いまで思い出す事が出来るのだ。

 

もちろん、声も雑音も日の傾きも座っていた場所の感触も、何もかもが鮮明に映像のように見える事がある。

 

それに加えて、私には思春期よろしく過剰な感受性が備わっている。

 

こうやって書き出してみると、私が人と関わるのを極端に苦手だと感じる所以も見えて来るような気がする。

 

私はおそらく、人が羨ましいのだろう。

 

どうせ忘れる事が出来るんだから、と。

 

忘れる事が難しい私には少しのつまずきが、ささくれが、10年後の自分を苦しめる要因になる。

 

瞬間冷凍された記憶が年老いた私の首を絞めるかもしれない。

 

そう思うと、私の肩に自然と力みが生まれる。

 

そんな私の目から見るとあらゆる人がリラックスをして過ごしているのだ。

 

間違えてもやり直せば良い、というのは当然その通りなのだが、その根底には時間が嫌な事を忘れさせてくれるだろう、という楽観が揺蕩っている。

 

私に与えられていない救いを、誰もが当たり前のように持っているのだと見せつけられているようにすら感じ、私の精神は硬直の度合いを強めていく。

 

そうして私はまた周囲に対する壁を厚くし、一人の世界へ没入していくのだ。

 

 

 

 

中学時代、青い鳥に出て来るような出来事はなかったにせよ、異なる形での煩悶、辛酸があった。

 

せめて当時、私の記憶力が人一倍良いという事だけでも知っていれば、嫌な記憶を減らす事が出来たかもしれない。

 

先日、何年かぶりに「生まれ変わったらどうなりたい?」という質問をされた。

 

私は苔になりたい。

 

日陰でひっそりと、何もものを言わない苔。

 

目立つのを極端に嫌うくせに講演をしてみたり、こうしてブログに文章を書いているのだから人というのは本当に矛盾をしている。

 

久しぶりに書き出して止まらない状態になり、私の気分はとても弾んでいる。

 

1週間に1度で良いから、こういう日が欲しいものだ。

悲喜劇

今日は講演の練習をした後に家事をやり、ただただのんびりと過ごしていた。

 

夕方頃から具合が悪くなったのは低気圧の影響があったからだろう。

 

低気圧の影響をとても受けやすい私としては、漠然とした体調不良によって振り回されるとまではいかない、水中にいるような手足や体の重みを感じる時間がとても嫌なのだ。

 

気合で乗り越えられない事はないけれど、そうする必要もないという状況ではただ時間を無為にしてしまう。

 

しかし、それの何がいけないと思っているのだろうか?

 

ただ時間を無為にすると言うけれど、それで何が問題なのだろう?

 

私は時間を埋め尽くす事に慣れている。

 

次にこれをして、その次はこれをする。

 

3ヶ月後にはこうなっていて、1年後にはこうなっている予定というように、私は時間をみっちりと埋めてしまい、生きている時間を味わう事なく過ごしている。

 

私が尊敬している夏目漱石は芸術家というのは「ものと自分の関係を味わう人」だと言った。

 

商人は「ものと自分の関係を改造する人」、学者は「ものと自分の関係を明らかにする人」なのだそうだ。

 

その3つの分類でいえば、私は間違いなく芸術家に当てはまり、ものと自分の関係を味わえない時、生きている実感そのものを喪失してしまう。

 

ただ無為に過ごしているような時間が、私のような人間にはどうしても必要なのだ。

 

しかし、それを捨てて商人のようにあれこれと時間や不安に追われ、ただただ急き立てられる日々の中で私の個性や直感が埋没していく。

 

そんな時間の中でいくら儲けを得ようが、いくら真実らしきものが見えてこようが、私は満足出来ないのだろう。

 

昨日日記に書いたような、川辺でただ昔を思い出し、冬の余韻のような寒さを感じながら満月の下で電車が走っていく様子を眺めている時間が、あの瞬間こそが私の人生なのだ。

 

私の毎日はあまりにも慌ただしい。

 

私の過ごし方はあまりにも自分を蔑ろにしている。

 

分かっていても止められないのは、私が人生から受ける圧力が強いのか、それとも自傷行為が形を変えているだけなのか。

 

どちらとも言えない、判然としないこの感覚。

 

しかし、このように私の感覚を言葉にしていると直感が戻って来る。

 

長旅を終えて最寄り駅に着いた時のような、幼い頃によく遊んだ場所を訪れた時のような、ああここだ、という感覚がやって来る。

 

やはり私には文章を書くという行動がどうしても必要なのだろう。

 

そうしなければ私は雪崩のようにやって来る目に見えない時間の流れによって、直感がどんどんと削られていき、どんな刺激もスルリと受け流す人間もどきになってしまう。

 

こんな穏やかな毎日、こうしていつでも直感を取り戻せる状態が続けばどんなにか幸せだろう。

 

しかし、私の毎日はそうならない。

 

私は能力を磨くために、収入を増やすために、他を圧倒するためにこれからも努力を続けていくのだ。

 

そうして何物でもないはずの自分が何者かに成長したような錯覚を覚え続ける。

 

瞑目する時、人は現世で得た全てのものを手放していくのに、そうだと分かっているのに私は何かに、どこかに爪痕を残そうとしている。

 

私という人間が生きたのだという証を残そうとしているのかもしれない。

 

少し遠くから見ると私は切なくも愛しい存在のようにも思える。

 

人間らしさをこれでもかと振り撒いているのだから。

 

しかし、その本人として生きているのだから、それほど穏やかな視線を送れない。

 

必死に生きるしかない。

 

そして、真剣に生きる誰もが短く見ると悲劇、長く見ると喜劇を演じているのが人生なのだ。

 

やはり人生は面白いし、だからこそ切ない。