私は記憶力が異常で記憶したものはその時の匂いまで思い出せる
人の表情も気温も風景も話したこと
そういうものが私の中に雪のように積もって、時間の経過と共に精神が圧迫されていく
記憶したくなくても私は覚えてしまう
だから、私は疲れていたい
耳鳴りで人の声が聞こえなくなるほど疲れていれば記憶したくてできない
そのように疲労感で記憶力を鈍らせるようになってから覚えていることとそうではないこと差が激しくなった
「忘れるから、人は生きていける」
私の好きな言論人が自分に言い聞かせるように呟いた言葉は、きっと忘れられないことの辛酸を舐めた人間にしか響かない
私は記憶に残りやすいものを避けて生きていると、最近になって気付いた
写真も映像も昔から嫌いで、人に触れられるのも嫌だった
感覚に鋭く訴えるものが私は恐ろしい
もし、これが記憶に残ってしまったと考えるとそれだけでも重圧になる
人生は悪いことがよく起きる
私の精神を万力のように締め付けることばかり起きるのだ
その一つ一つを記憶するなんて嫌だ
触れた人は必ず手の届かない人になる
一時任せの感情で吐き捨てた言葉は、いつもその語気と響きを私の中に閉じ込める
記憶はトラウマ
思い出は傷跡
忘れたくてもその日の気温まで蘇る
その日の痛みを引きずって
開いた傷口から湧く血も
口の中に広がる鉄の味も
あの頃、なんてない
あの時は「今」なのだから