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私の目に見えるもの

愛煙家のブログ

諦念

最近、よく穏やかになったとか、感情を出すようになったと言われる。

 

これまでと最近で変わった事は、諦観しているという事だ。

 

何についてという具体的なものはなく、ただただ漠然と諦観している。

 

知識についても技術についても、人に対しても自分に対しても。

 

絶望感とまではいかないけれど、全てのものは空蝉の中にあり、虚構であり虚像なのだと思うと、熱意や情熱が静かに冷えていく。

 

ただ淡々と毎日が過ぎているので、感情の起伏が少なくなっているのだけれど、そうなると感情が出ているように見えるらしい。

 

ありきたりな表現になるけれど、私は仮面をつけていてその下に隠れている素顔が誰にも見えないような感覚がある。

 

それが嫌だというわけではないし、居心地の悪さがあるという事でもない。

 

むしろ、この感覚には慣れている。

 

小さい頃から感情を隠す事がうまかった。

 

人は決して自分を見る事がないのだと思うと、色々な物事を割り切れるようになっていった。

 

諦めていたと言った方が適切かもしれない。

 

だから、諦観を強く滲ませたまま生活をするのは慣れている。

 

それならそれでそっとしておいて欲しいと思う事がある。

 

感情がよく分かるようになったと言われてしまうと、執着心がなくなってしまうのだ。

 

生きている事への執着心が。

 

死にたいわけではない。

 

別に死んでもいいか、と感じられるのだ。

 

それが悪いとは言えなけれど、私としてはいよいよ居場所がなくなってきたかなと思ってしまう。

 

そもそも、私に居場所などあった時期が存在したのだろうか?

 

いつになっても、どこへ行っても私には居場所がない。

 

よく人生は旅だとか、刺激を求めようとか、変化を起こそうなどという話を耳にするけれど、こっちからすれば御免被りたい。

 

旅をする事によって何かを得られるのは、帰る場所があるという前提だ。

 

刺激が良いものに感じられるのは、絶対に揺るがないものを持っているという前提だ。

 

変化が起きても耐えられるのは、何かあれば守ってもらえるという安心感があってこそなのだ。

 

そういうものを持っていない人間はまず前提から作らなければならない。

 

帰る場所を作り、揺るがないものを見付け、自分を守れるだけの力が必要になる。

 

家を作っている時に台風が来るというのは刺激や変化だけれど、それが良い事なはずはない。

 

話が脱線してしまったけれど、今の私は今まで通り宙に浮いているような状態なのだ。

 

仮面をつけているような感覚があると書いたけれど、ではその仮面を外せるのかと言えばそうではない。

 

例えるのなら、私の顔面を覆う仮面は皮の下にある。

 

外そうと思っても外せないもので、貼りついているのではなく、私の一部となっているのだ。

 

笑っている仮面だとすれば、本当の私が泣きたいと思っても、その笑顔が消え去る事が永劫ない。

 

怒っている仮面であれば、誰かを励まそうと思って近付いても、あちらの方から避けられる。

 

私がこの仮面を外すためには、顔面に激しい衝撃を自分で与えて砕くしかない。

 

自分諸共、破砕するしかないのだ。

 

もちろん、そうなれば私の素顔も同時に瓦解する。

 

結局のところ、私は仮面と共存するしかない。

 

どのようにしても、私の素顔が人から見られる事などないのだから。

 

これが諦観を生んでいる元凶のような気がする。

 

さらに悪い事に、こういうタイミングでは良からぬ異性からの良からぬ誘いがあるものだ。

 

もちろん断っているのだけれど、私がそう簡単に浮気をするような男だと思っているのだろうか。

 

なぜ女は構ってもらおうとする時、自分の性別を武器にするのだろう。

 

なぜ内面で勝負を賭けて来ないのだろう。

 

そのくせ遊ばれたと嘆いてみたり、男は体にしか興味がないと毒づいている事がある。

 

遊ばれたくないのなら、遊びに誘わなければ良い。

 

体に興味を持たれたくないのなら、肉体関係を望まなければ良い。

 

私はきっと、普通の男ではないのだろう。

 

そういう事で満たされたり、慰められるタイプではないのだ。

 

私が求めているのは、仮面によって出来た顔面の強張りを取ってくれる何かであり、それが肉体関係ではない事は明白だ。

 

今日も私にはぼやけた、自分の声がやかましく響く、居心地の悪い世界が広がっている。

 

そんな日々を過ごしているから、イルミネーションのLEDが小さいジェイソン・ステイサムになっている夢などを見てしまうのだ。